KTSK(傾聴に取り組む宗教者の会)

被災地での活動報告や告知など。
一見さんの参加も歓迎。
「何かしたかったけど、何をしていいか分からない」
「きっかけがほしかった」
「どこにつながればいいか分からなかった」
そんな想いをお持ちの僧侶、宗教者、一般の方、一緒に活動しませんか?
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【報告】2016年8月(第68回)傾聴仏具配付訪問(女川)
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    【報告】2016年8月(第68回)傾聴仏具配付訪問(女川)
    ・日時:8月27日(土)
    ・訪問場所:
    石巻市赤島地区応急仮設住宅
    ・合同法要(導師:金沢豊):
    称法寺ご本堂(石巻市門脇、浄土真宗本願寺派)
    ・参加者
    安部智海(浄土真宗本願寺派)、金沢豊(浄土真宗本願寺派)、太田宏人(曹洞宗、法要参加)

    ●所感

    【女川町の印象】
    8月27日の女川町は曇天模様。
    整備された商店街は、駅からまっすぐに海の方へ伸び、45号線に突き当たる。 道路を挟んで横倒しになった女川交番の存在が薄くなっている。
    女川町中心部の状況としては、全体的に盛り土が進んでいる状況。
    震災遺構として残されている防災庁舎も、そのまわりを盛り土され、日月の経過に埋もれようとしているような印象を受けた。
    これから仮設住宅から公営住宅、復興住宅などへ移転が本格的に進められる時期に差し掛かっている。
    女川駅は、復興を強調するように整備され賑わいを見せているが、目を転じると土盛り、更地の状況であり、震災の爪痕を露わにしていた。
    むしろ、その両極端な情景は見るものの気持ちの均衡を突き崩させるようとしているかのようでもあった。
    私たちは、聖花園へ皆さんからご寄進いただいたお線香を受け取り、雄鹿半島に向かった。

    【訪問活動】
    女川原発の方向へ南下した。
    訪問歴のある仮設住宅を横目に、石巻市域へと車を進めた。
    人の減った住宅が少々荒れていることは通過するだけでも明らかだ。
    また、女川町中心部の土地利用計画は進んでいても、各集落、港町の整備は手つかずの状態。
    津波が来てから、人の手が入ることを拒むように草が生い茂っている。
    元の住民は、戻ることを諦めたのだろうか。そしてそれは、みな納得の上なのだろうか。
    答えのないことに思いを馳せながら、女川原発の南側の半島の先、偶然たどり着いた仮設住宅で活動をした。

    ■石巻市赤島地区応急仮設住宅

    印象に残ったのは、ある高齢者の話。
    震災時、大きな地震が起きて避難しようとしたところ、近所の家から車椅子の方を避難させようとした一家5人が目に止まったため、手を貸そうとしたところ、津波が押し寄せたのだそう。
    考える間も無くみんな流されてしまったのだという。
    そのなかで、その高齢者は、車椅子の方が目を開けたまま気絶でもしているように仰向けに流されてゆく情景が目に焼きついたそうだ。
    その高齢者一人が生き残り、車椅子の方の家族は全員亡くなったという。
    高齢者はずぶ濡れになって避難所に逃げたものの、そのときのことを誰に語っても信じてもらえなかったという。
    その後も事情聴取を受けるなかで、何度もその話を口にせねばならず、それを話す気力も今では失ってしまったという。
    誰に話すこともできずに胸のうちに秘められたこのエピソードを知るものは、当時身につけていた衣服だけだという。
    その衣服は今も大切に保管しているのだそうだ。
    誰にも言えずにいた当時の出来事と、このお気持ちを、高齢者は衣服と同じように大切にされていたことだろうと思った。

    【合同法要】
    合同法要のため、石巻市の門脇地区へ移動した。
    「濡仏(ぬれぶつ)」跡地で法要を営んでいるKTSKメンバーを発見し、車を脇に停めて共に合掌する。
    3人が揃い門脇地区を歩いたのは、実に4年ぶり。
    自然と、5年前に初めて瓦礫撤去のお手伝いをした称法寺に足がむく。
    お寺はどんな様子で、寺族の方はどうお過ごしなのだろうか。
    がらんとした境内地を歩き、本堂に立つ。人の気配はなかった。ご本尊も見当たらない。
    最初から決めていたわけではないが、ここで法要することになった。
    持参した本尊をご安置し線香の香りで荘厳をした。
    法要を振り返れば、空間に何かが満ちるような感覚を抱いたように思う。
    そこに自分が居るからこそ感じえたものがある。
    雄鹿半島の光景も、合同法要の場も、訴えかけてくるものがあった。それを言語化することは難しい。
    それでも、5年前の称法寺、流入物を撤去するときの「皆で復興させよう!」という雰囲気が何かのピークだったように感じる。
    こんな皮肉なことがあるだろうか。
    そんなやるせない思いが、自分の中に沸き起こり息苦しくなっている。
    安部智海・金沢豊

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