KTSK(傾聴に取り組む宗教者の会)

被災地での活動報告や告知など。
一見さんの参加も歓迎。
「何かしたかったけど、何をしていいか分からない」
「きっかけがほしかった」
「どこにつながればいいか分からなかった」
そんな想いをお持ちの僧侶、宗教者、一般の方、一緒に活動しませんか?
仏具磨きと仏具の箱詰め
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    2017.1.15 熊本で配付する仏具磨きと清掃、発送の作業を都内で行いました。仏具を寄贈いただきました、皆様に感謝するとともに、参加したメンバーに満腔の敬意を表します。
    〔仏具を寄贈くださった方々〕
    やなぎ葬祭 酒井利成様
    伊藤祐次商店 伊藤健人様
    おぐら葬祭 松本典久様
    もりた行政書士事務所 森田佐知子様
    溝口葬祭 溝口勝巳様 赤城俊和様

    〔場所を提供してくださった方〕
    武藤頼胡様
    〔参加したメンバー〕
    五十嵐祐子さん
    高橋紀和さん
    武藤頼胡さん
    森田佐知子さん
    八木芳久さん

    〔仏具を受け入れるメンバー〕
    渡邉如心さん
    大切に、配ります。
    | 活動報告 | 06:13 | comments(0) | - | - | - |
    【報告】2016年12月第2期(第75回@女川)女川通算71回目
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      【報告】2016年12月第2期(第75回@女川)女川通算71回目
      ●日時/12月30日(金)
      ●参加者/平野批美、太田宏人(曹洞宗)
      ●活動内容・訪問先/
      女川町新田仮設(仮設グループホーム、新田仮設)
      .哀襦璽廛曄璽
      ・年越蕎麦炊き出し
      (入居者、近所の方々、スタッフ)15食程度
      ・居室訪問(傾聴、読経)
      ⊃慧腸樟
      ・居室訪問(傾聴、読経)
      2軒
      K〕
      ・小乗漁港桟橋(女川町)
      ・荒浜観音(仙台市)
      ●感想/
      味はともかく、グループホームの方々に年越気分を味わっていただけたようで、安堵しました。
      震災に間接的・直接的にからむ理由で、祈りの力を必要としている方々がいらっしゃいます。
      今後も伺いたいです。
      女川駅前の商店街を歩きました。「ヒサイチ・オナガワ」ではない、別の女川です。
      もしも仮に「かわいそうなヒサイチのためにボランティアしたい!」という方がここを訪れたら、「落胆」してしまうかもしれないなあ、と思ってしまいました。(太田)

      次回、女川訪問は1月28日(土)です。真摯な方、誠実な方、お待ちしております。

      生きるための祈りを支えたい。
      こんにちはの挨拶を届けたい。
      たとえ100人掬うちからがなくても、一人のそばに。
      KTSK
      | 活動報告 | 06:08 | comments(0) | - | - | - |
      hasunohaからのご喜捨がありました
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        僧侶が回答するQ&Aサイト
        hasunohaさんから、このたび。
        活動資金の御寄贈がありました。
        ありがとうございます。
        大事に使います。

        http://hasunoha.jp/
        https://www.facebook.com/hasunoha.jp/
        | - | 06:05 | comments(0) | - | - | - |
        【報告】2016年12月第1期(第74回@熊本)熊本通算4回目
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          【報告】2016年12月第1期(第74回@熊本)熊本通算4回目
          ●日時/12月2日(金)
          ●参加者/赤城俊和(天台宗)、太田宏人(曹洞宗)
          ●活動内容/仮設住宅の戸別訪問による仏具配付(仏具25世帯超分、線香100世帯超分)、傾聴
          ●訪問場所/益城町テクノ仮設(560戸)

          ☆カンパをお寄せくださった仲間のみなさん、どうもありがとうございました。
          おかげさまで、用意した仏具・線香はすべて配付しました。
          また、今回も益城の葬儀社「天昇院」さんには、仏具を格安で販売いただき、助かりました。テクノ仮設は、全棟回りましたが、仏具は足りませんでした。
          熊本通算一回目、7/11に訪問した熊本市東区 秋津中央公園仮設団地(東野2丁目24-1、7月5日入居開始。訪問時は、未入居の部屋が多かった)とあわせて、もう一度、仏具配付に回りたいところです。

          ●感想(赤城)
          初めての熊本での活動。阿蘇くまもと空港南側にある工業団地内の空き地に設営されたテクノ仮設。周辺より少し高い平地にある。 今回は傾聴というよりは仏具と線香の配布が目的。
          現地に到着早々、テクノ仮設中心部に人だかりがあり、近づくと復興住宅のモデル住宅が完成して、記念式典とモデル住宅の内覧会が行われていた。あの地震から約8ヶ月でもう復興住宅という次の住処の検討に入っているという前向きの早さに驚いた。比べられることではないが、東北の復興住宅の進捗状況からすると本当に早い。
          車を道端に停め配布物の確認・準備をして早々、歩いている人に声をかけ話を聞くと、やはり仏壇や位牌・過去帳など全く無く、写真があればそれだけを置いているということだった。
          状況をお聞きし必要な仏具・線香をビニール袋に入れて渡すと嬉しそうに住まいへと持って帰られた。
          その後太田さんと二手に分かれ訪問・配布を始める。所々未入居の所もあったが、ほとんどは入居されている。しかしチャイムを鳴らしても不在宅が多かった。
          前述のモデル住宅内覧会にご近所さんと出かけていたり、若年層世帯は日中は仕事や潰れた家の片付けに出ている人が多いとのこと。お年寄りが独りで入居されている御宅は少なかった気がする。
          在宅の方にお話をお聞きすると、仏壇は家と共に潰れてしまい、仏壇も位牌もそのカタチで取り出すことができなかったとのこと。
          仏具・線香の必要性についても全世帯がそうではなく、本家筋の人はご先祖さんに手を合わせたいという人が多いが、二男三男さんの分家の方は「うちはまだ亡くなった先祖がいないから御線香は不要です。」という人が多かった。
          途中、外で陽にあたっていた70代の男性から話を聞いた。ここの仮設は空港隣地のため飛行機の音が朝から晩まで聞こえる。ただ飛行機の音はそれほどうるさくはなくあまり気にならないが、そこに隣接する自衛隊基地から聞こえるヘリコプターの離着陸の音はバタバタと長時間続き、それが耳障りだそうだ。日中家を空けている若い人はそれほどではないだろうが、つねに居る高齢者には負担になっている感じがした。
          昼食休憩をはさみ、午前・午後でテクノ仮設約500軒をまわったが、新生活に向けて前向きで笑顔で接してくださる方が多かった。しかし中にはそうではない人もいる。熊本では仮設住宅での長期間入居をお考えの方は多くないと思うが、まだまだこれから先、また復興が進んだその先が大正念場であろう。 この日は気温も上がり穏やかな一日であったが、まずはこれから寒くなる冬を健康で乗り越えてほしいと願うばかりである。
             ●今後の予定●
          12月30日@女川
          1月27日@熊本、 1月28日@女川
          2月9日・10日@福島県〜宮城県(慰霊碑清掃活動)
          | 活動報告 | 00:14 | comments(0) | - | - | - |
          【報告】2016年11月(第73回@女川)傾聴仏具配付訪問
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            【報告】2016年11月(第73回@女川)傾聴仏具配付訪問
            ●日時:11月22日(火)
            ●参加者:村田ますみ、太田宏人(曹洞宗)、三宅大哲(曹洞宗、法要参加、法要導師)
            ●訪問先:女川町民が暮らす仮設住宅(指ヶ浜:閉鎖、清水1、清水2)、大川小学校(追悼)、小乗漁港堤防(追悼)

            「KTSK活動に参加して」
            2016年11月22日 村田ますみ

             傾聴に取組む宗教者の会(KTSK)の活動に参加させていただくのは今回が2回目。代表の太田さんにお声掛けいただき、前回から実に1年10ヶ月ぶりに女川に同行させていただくことになった。
             当初、11月21日の予定だったが、その日に海洋散骨の施行が入り、込み入った案件だったので私が乗船しなければならず、今回は諦めると太田さんに伝えたところ、22日に変更してくれるとのことで活動参加が決定した。
             今回は太田さんと私の二人の参加で、前回も確かそれほど多くない人数での活動であり、正直なところKTSKにどんな人がどれ位の人数関わっているのかよく知らなかったが、ちょうど出かける数日前に、メーリングリストとメッセンジャーで、hasunohaという宗教者による活動組織からKTSKに寄付の話があり、それを受けるか受けないかということで議論が盛り上がったところから、KTSKに参加している人が(私の面識のない方も含め)意外といらっしゃることを実感した。宗教者が中心だが(私のように)そうでない人もいて、宗教者もそうでない人も、ひとつの物事に対する考え方捉え方は千差万別で、正解などなく(発言のすべてが正解だと思った)、改めて多様性をそのまま否定も肯定もせず受け入れて他者の考えから学ぶ姿勢が大切だなぁ、、、などと考えながら、22日の当日を迎えた。

             雨の中東京駅に向かい、朝6時5分発の東北新幹線の始発に早めに乗り込み、キオスクで買ったサンドイッチを食べ終わったころ、車内の電気が消えて、その直後にガタガタと大きな揺れを感じた。ホームに目を移すと駅名の看板が大きく揺れている。しばらくすると、車内アナウンスで「ただいま福島を震源とする地震発生により車内停電しております。安全確認をおこなっていますので今しばらくお待ちください」とのこと。一斉に電話やネットに繋ごうとするが、繋がらず、暗闇の中で車内アナウンスだけを頼りに過ごした。何度か電話をかけて太田さんと連絡がつき、2つ前の車両から太田さんが現れる。KTSKのメンバーから「危険なので見合わせてください」というようなメッセージも来ているが、新幹線が動くならむしろこういう時だからこそいくべきではないか、お互い自己責任で慎重に行動しよう、と確認した。

             45分遅れて新幹線は発車。しばらくするとネットにも繋がり、宮城県に津波警報が出ていることなどの情報が入ってきた。仙台駅につくと、何事もなかったかのような日常的な風景が広がっていた。在来線は全てストップしているとのことだったが、一見して混乱などは見られなかった。レンタカーを借りてカーラジオをつけると「いますぐ高台に避難してください」というアナウンスや県内各地の地震津波情報などが繰り返されているが、三陸道を走り、目の前に広がるポカポカとした陽気と長閑な風景に、なかなか災害のリアリティを感じない。

             北上川沿いを走るのは避けて、一つ前の出口で高速を降りて女川に到着。照源寺さんと聖花園さんにお線香を受け取りに立ち寄り太田さんが状況をヒアリングするが、現地の方々の冷静な受け答えにこちらの緊張感が溶ける。ここでもSNSやメディアでの騒ぎと現地の反応のギャップを感じた。

            沿岸の水産加工会社などは避難して自宅待機しているとのこと。町内2箇所の避難所と、今日聖花園さんでお葬式のあるお家が指ケ浜にあるという情報を伺い、その付近の仮設住宅に向かう。この頃には、警報は注意報に代わり、海も穏やかに見えた。

             二人で今の気持ちをシェアしたあとに、最初に向かった指ケ浜の仮設住宅は、人が住んでいなかった。足場を組んでいる作業員の人たちが居たので聞くと、ここはもう誰も住んでいなくてこれから解体するとのこと。津波警報で避難しなかったんですか?と聞いたら、注意報に変わったので、先ほど仕事を始めたとのこと。その先の高台に1軒家があり、今日のお葬式のお家かと思って伺うが、留守で違うようだった。

             太田さんに「行きたいところはありますか?」と聞かれ、前回も連れて行っていただいた大川小学校にお参りに行きたいと伝える。帰りに一人で立ち寄るという選択肢もあるが、私はお経が読めないので、と同行していただいた。

             大川小学校までは30分の道のり。紅葉しはじめた山々と蒼い海の絶景が本当に綺麗で心を奪われる。天気予報では雨だったのに、暖かいくらい晴れわたっている。途中、川の近くが水浸しになっている箇所があり、津波で川が逆流したのか?とも話したが、おそらく昨日の雨の残りではないかと結論づけた。

             正午少し前に大川小学校に到着。澄み切った空気と広野にシンボルのように残る生々しい建物、そして裏山。町内放送で「津波警報は津波注意報に変わりました。引き続き警戒してください」というような案内が流れている。

             太田さんが般若心経をお唱え下さっている間、私も小さく一緒に唱えた。たくさん供えられているお花に、ミツバチがたくさん集まってきていて、そのハチ達が、なんとなく、小学校で遊んでいた子供たちに見えた。

             女川に戻り、病院の先にある喫茶店でカレーをいただく。本当は、ゆめハウスに行きたかったが、何度電話しても出ない。やはり今朝の津波警報で休みなのかもしれない。店内にいる人たちの携帯が一斉に鳴って、全ての警報と注意報が解除になったと知らせてくれた。お店の人は、「沿岸にはもう人は住んでいないので、大きな心配はない」というようなことを言っていた。とにかく、津波が来るのでは?という緊張感からはやっと解放された。

             午後は、清水の仮設住宅で活動することにする。途中で野球場の中に出来た3階建の仮設住宅を見学。仮設といっても新築のアパートのようだった。でも、周りが観覧席に囲まれている敷地は、やはり体育館の避難所のように住処としては落ち着かない印象を持った。今後、仮設住宅はこちらに集約していくらしい。

             清水仮設住宅で、太田さんと別れ、16時15分までそれぞれ別の棟をまわって活動することになった。
             ちょうど、イオンの移動販売車が仮設の入り口に来ており、買い物に出てくる人たちがいたので、一人一人にお線香を渡すところから活動開始。
            端っこから、とにかく1軒ずつ呼び鈴を鳴らす。
             最初のお宅は、明るい感じの親子。「今朝、けっこう揺れましたけど」と切り出すと「揺れたねー、怖いから逃げた!」「どこに逃げたんですか?」「体育館に」お線香を渡して、しばらく立ち話。「忘れずに来てくれてありがとう!」と言ってくださった。

             2軒目は、鼻に酸素チューブを入れている高齢者。今朝は揺れたけど逃げなかったとのこと。仏さんにお線香、とお渡しして、「これは毎朝の俺の仕事だ」と仰ったので、「仏様にご挨拶させていただいて良いですか?」と言って上がらせてもらう。お線香を挙げたあと、しばらくお話していると、先ほどイオン販売車でお線香を手渡しした、連れ合いの方が帰ってくる。「もうね、5年もここにいて、気晴らしもないし、飽きたよ。この人(お爺さん)とはイライラしてしょっちゅうぶつかるし」と愚痴をこぼされる。それでも来年の春に、復興住宅への移転が決まっているとのこと。

             そこから数軒、玄関先でお線香を渡した。
             呼び鈴を鳴らして出てくるまで時間のかかる足の悪い高齢者がいた。片耳に補聴器をつけていた。今朝のことを聞くと、関東に住む子どもたちが心配して電話をくれた、とのこと。とくに避難はしなかったそう。集会所でも色々な催しがあって、近所の人が誘ってくれたりするんだけど、なかなか出て行くのがおっくうで、、、とのこと。

             津波騒ぎで、仕事が休みになって家にいる若い人もいた。
             若い人で、玄関先に出てきて「うちは、そういうのは良いんで」と断る人もいた。
             小学校の給食を作っているという少し若い方と玄関先で長話をした。今朝は、家族と二人で避難所に逃げたとこのこと。聞いて回った限り、逃げた人と逃げなかった人は半々くらい。高齢者の方は、ほとんど避難した人はいなかった。
             8時過ぎに、職場の小学校から今日は休校と電話があり、家にいらっしゃった。
             午前中に、大川小学校に行ってきた話をしたところから、学校で働く身としてのお考えをお聞かせいただいた。5年前の地震は普通ではなかったという話、ご親族が津波に呑まれて亡くなったときの状況、炊き出しをしている時に、自衛隊の人に「頑張ってください」と言われて涙ながらに怒りをぶつけたこと、そして今の職場で、子供達はぜいたくを言って給食を食べない子がいる、などなど。この方はご自身の体験から達観したのか、最後の方は少し哲学的なお話もされていた。

             すべての学校と保育園が休校になったので、子供達の姿もちらほら見えた。
             震災の年に生まれた子が、もう小学校に入るんだよ、という話を聞いて、それより小さい子達は震災後に生まれたのか、という目で遊んでいる子供達を見た。確実に新しい命、新しい世代が生まれてきている。
             学校も、塾も、行き帰りはバスのお迎えが来るようになっており、子供達が運動不足になっているという声も聞いた。

             15時を過ぎて訪問したお宅で、「上がってお茶飲んでく?」と言われて少し長居をしてしまった。干し柿や沢庵やお菓子やおにぎり、自分で用意したものは一つもなく、全部、仮設住宅の近所の方からのおすそ分けとのこと。おすそ分けのご相伴をいただいたお礼にお線香を皆さんに渡して宜しくお伝えください、と多めにお線香を渡した。
             年に1回、和尚さんが来るけど、なかなかこうして上げられないのよ、とのこと。この方も来年の春に引っ越しが決まったそうで、引っ越したらまず仏壇を買うとおっしゃっていた。引っ越したらまず仏壇、というのは、他のお宅でも同じセリフを聞いた。皆さん、先祖の御位牌を本当に大切にしている。ここでも5年前の津波の時のリアルなお話をお聞かせいただいた。そそり立つ黒い壁がこちらに迫ってくる。戦争の記憶とおなじくらい脳裏に焼きついているとのこと。でもこうして、全国や外国からも支援をいただいて本当に有難いこと、と仰っていた。

             以前は海沿いの大きなお家に住んでいたそうで、住環境への不満はお持ちだった。未婚の子どもと同居だが、喧嘩しても逃げ場がないとのこと。でも人間、5年も経つと慣れるものねぇ、とおっしゃっていた。この方は、今朝の地震で一度起きたが、また寝たとのこと。来年引っ越しが決まっているが、また慣れるかしら?と笑っていた。これから大根で料理つくるのよ、今度は晩御飯たべに来てね、と言われた。

             また数軒、お線香を配っていた後で、縁側に座っている女性に「だいぶ配りおえた?」と声をかけられた。イオン販売車で一番最初にお線香を渡した女性だった。
             ずいぶん空き家も増えてきたでしょ?とのこと。でもね、みんな引っ越していくんだけど、ここの居心地がよくって、けっこう戻ってくるのよ、集会所での催し物なんて、仮設に住んでいない人が参加していることが多いわよ。とのこと。この清水地区の自治会についての話や、家族の話など色々と聞いていると、畑にいくという女性が通りかかる。自主的に植えた大根やイチゴの苗があるが、川の護岸工事がはじまるため撤去しなければならないとのこと。イチゴの苗もっていく?と言われたが、丁寧にお断りした。
             この縁側の女性がどうやらここのコミュニティのキーパーソンだと思い、残りのお線香を、自治会長さんと、お母さんが必要そうな人に渡して、と託した。お墓まいり用の着火しやすいお線香が欲しいけどどこにも売ってなくて、という声があり、聖花園さんで求めることができますよ、とお伝えした。

             個別の活動を終えて、16時半に太田さん、そして照源寺の三宅さんと合流し、浜に突き出た堤防の先で最後の法要をおこなった。

            振り返りのシェアタイムでは、緊張感のある1日だったけど、何事もなく良かったというのが3人共通の感想だったと思う。

             活動を終えて、色々な想いが去来するが、少なくとも仮設住宅が存在する限りは、継続して訪問する意義はあり、私も年に1回くらいは今後も参加していきたいと思った。
             今回、久しぶりに声をかけて下さった太田さんとの道中の会話から、学びや気づきもあり、忘れられない1日となった。個人的なことだが、11月22日は亡き母の誕生日でもあり、日常から少したち戻る1日でもあった。このような経験や出会いをもたらして下さったすべてのご縁に感謝したい。
            有難うございました。
            ==========
            ☆今後の予定☆
            ※女川
            12/30
            1/28
            ※熊本
            12月2日
            1月27日

            行ける人が行けるときに。
            生きるための祈りを支えたい。
            「こんにちは」の挨拶を届けたい
            「世界全体」を救えなくても、
            「ひとり」のそばに。 KTSK



            | 活動報告 | 23:41 | comments(0) | - | - | - |
            【報告】2016年10月第2期(第72回@熊本通算3回目)
            0
              【報告】2016年10月第2期(第72回@熊本通算3回目)
              ●日時 10月28日(金)
              ●訪問場所
              以下の仮設住宅
              ・(益城町)飯野小学校、木山
              ・(御船町)旧七滝中学校、七滝トンネル
              (合同法要)
              ・益城町木山地区(渡邉如心導師)
              ●活動内容
              仏具配付、傾聴
              ●参加者
              【一般】匿名希望1名
              【浄土真宗本願寺派】渡邉如心、中川友佳・一晃夫妻(部分参加)
              【曹洞宗】太田宏人

              ●感想
              渡邉如心
              『活動報告にかえて』
               筆が進まない。何を書いていいかわからない。それが、今の飾らない気持ちだ。
               熊本でのKTSKの経験というものは、私に大いなる衝撃を与えた。ただそのことを語るのに、「傾聴の何たるかを知ることができました」だとか、「単なる『すくいたがり』であった自分をおもい知りました」だとか、「みなさんと共有感をもてました」だとか、お座なりな言葉をどれだけ並べたところで、薄っぺらいものにしかならない。そして、そんな薄っぺらいものにしたくはない。
               だから、本音としては活動報告を書くことはご勘弁願いたい。ただ一つだけ所感を述べさせていただくにとどめる。
               「すべての戦争は自衛意識からはじまる」などと言うが、そのことは個人的問題にも換言することができるだろう。心を許しあっていない人間関係の中で、私はどうしても「感じよくしゃべろう」としていた。しかしそのことは、「私を感じよく見せよう」とする、ある種の自衛意識だったのではなかろうか。例え立派な志をもっていたとしても、自衛意識がほんの少しでも混ざれば、それは「雑毒の善」ということになる。そしてそれは、大きな壁として人間関係の間に立ちはだかるのだ。いつまでたっても距離は縮まらない。
               「感じのいいセールスマン」として振る舞っていた自分を強烈に慚愧した。そんな熊本での体験だったが、今後、忸怩たる思いで再度参加させていただきたい。
              =============
              次回(女川)は11月22日(火)。
              ☆生きるための祈りを支えたい。
              ☆こんにちは、の挨拶をとどけたい。
              KTSK



              | 活動報告 | 23:13 | comments(0) | - | - | - |
              【報告】2016年10月第1期(第71回@女川)
              0
                【報告】2016年10月第1期(第71回@女川)
                ●日時 10月24日(月)
                ●訪問場所
                女川町民が暮らす仮設住宅
                ・多目的運動場
                ・沢田バイパス
                (昼食) 高白浜 ゆめハウス
                (合同法要)
                ・昼/小乗漁港岸壁:青木隆興導師
                ・夕/仙台市蒲生地区:赤城俊和導師
                ●活動内容
                傾聴・仏具配付
                ●参加者
                黒崎浩行、青木隆興(高野山真言宗)、赤城俊和(天台宗)、遠田旭有(曹洞宗)、太田宏人(同)

                ●感想
                ○今日、お伺いして感じた事ですが、お話しの内容に地震、津波のことがあまり出て来なくなってきた様に思います。こちらの感覚も進化が必要なのではないかと感じました。
                【青木】

                ○私自身は数ヶ月に1回しか参加できていませんが、以前にKTSKの訪問を受けたことを覚えておられる方に出会い、そのときの表情にこちらも心がほぐれる思いがしました。
                今日この日にまたお声かけできてよかった…ということが十分に伝わっていたらと思います。
                【黒崎】

                ○三ヶ月ぶりに訪れた女川の町は土地のかさ上げが進んでいました。道路も今まであった所から少し移動していたり、新しい街の中心となる女川駅前にコンビニや食事処もできて、いよいよ街の復興が目に見えてきたようでした。
                今日訪れた二ヶ所の仮設住宅は大型ではあるものの空室が多く、まだ住まわれている方も来春や再来春には復興住宅への入居が決まっていて、以前の先行きが不安だという表情は見えませんでした。
                今後も生活環境の変化とともに被災心境の変化があると思いますが、根っこは変わらないと思いますので、これからも続けられる限り現地に行き、話を聴かせていただきたいと思いました。
                以上です。
                【赤城】

                ○震災以前の住宅から仮設住宅、そして公営住宅へと住環境の変化による心労も心配になりました。
                入居者の減少により定期あるいは不定期の行事ができなくなるのではという不安も耳にしました。
                以前行った写経会の開催なども必要とされるかもしれません。
                女川の皆さまに沿った形でこれからも関わらせて頂けたらと願います。
                【遠田】

                ○いつもそれぞれの仮設住宅に気になる方がいて独居の方ですね。その方たちを継続してその方達に継続して関わりたいのですがなかなか現実的に難しいところもあり歯がゆいです。もっと話したそうな方もいますし…。手紙のやりとりで、フォローできればと思います(期限は設けません)。
                【太田】
                ーーーーーーーーーーーーー
                ☆生きるための祈りを支えたい。
                ☆こんにちは、の挨拶をとどけたい。
                KTSK
                | 活動報告 | 22:56 | comments(0) | - | - | - |
                【報告】2016年9月第2期(第70回/@熊本)
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                  【報告】2016年9月第2期(第70回/@熊本)
                  ○日時:9月11日(日)
                  ○参加者:吉永拓哉、匿名希望、清涼晃輝(曹洞宗)、太田宏人(同)
                  ○訪問地:西原町小森仮設住宅(全棟)、益城町津山グランド仮設住宅(全棟)
                  [法要] 津山グランドから益城町へ
                  ※ご寄付をはじめ、この日の活動と参加者をサポートくださいました皆様に心から感謝申し上げます。


                  ■感想
                  (吉永拓哉:サンパウロ新聞福岡支局長)
                  感想文
                  この度、友人の太田宏人僧侶からの誘いを受けて、9月11日に熊本地震の被災地である西原村および、益城町の仮設住宅地を訪問し、清涼僧侶、太田僧侶らと共に、被災された方々のお宅1軒1軒に仏具をお配りさせて頂きました。
                  私は東日本大震災の際は、地元の福岡市で募金活動をしただけで、実際に被災地に行ったり、被災者と触れ合ったりしたことがありませんでした。
                  本年の熊本地震では、発生後間もなくして太田僧侶に同行し、初めて被災地を訪れました。その時、私の目に飛び込んだのは、押し潰された無数の民家、地割れと残骸だらけの道、倒れた電柱など。まるで爆弾でも落とされたかのような光景に、大変衝撃を受けました。
                  そのような経緯もあり、今回、仏具の配布のお手伝いに参加させて頂きました。
                  そして、参加してはじめて知ったことは、仮設住宅にお住いの方々には、ご高齢者が多いことでした。若者であれば、地震で全てを失ったとしても「元の生活に戻るために、また仕事を頑張ろう」という気持ちになるかもしれません。しかし、ご高齢者とあっては、先が不安になるはずです。聞けば、2年以内に仮設住宅から退居しなければならないとか。
                  普段、恵まれた環境の中で生活していると、被災者の方々がいることは知っていても、他人事のように思ってしまいがちでしたが、実際に被災者の方々と触れ合ってみて、少しだけご苦労がわかったような気がします。
                  そうかと言って、私がどうこうできるものではありませんが、引き続き、ご協力できることがあれば、やっていきたいと思います。よい社会勉強にもなりました。本当に有難うございました。(吉永)

                  ■活動に参加して
                  (匿名希望)
                   3〜4軒が一棟となっている仮設住宅ですが、プランターに花が咲いていたり、自転車が置いてあったり、灰皿があったり…と一軒一軒のお宅の前は、それぞれに違っていました。「被災地」「被災者」と一括りにすることのないようにしようと思いました。
                   
                  最初一緒に回らせていただき、お話の「聴き方」を目の当たりにしました。長い時間沈黙が続いても、なにかを促すのではなく待つ、すると、お相手の話の続きが始まる…「傾聴」に関する文章を読んだだけではわからない経験をしました。また、お話を聞いている際、いつのまにか自分の思いをめぐらしていることに気づき、相手に「寄り添う」ことと自分に「引き寄せてしまう」ことの違いをあらためて感じました。そして「寄り添う」には、静かなエネルギーが必要なのだと思いました。

                   伺ったことを無駄にすることなく、今後自分にできることは何だろうか、考え続け、実践していきます。
                   ご一緒させていただいた皆さま、西原村、津森の方々、お会いしてお話しすることができ、ありがとうございました。


                  ■感想
                  清涼晃輝(岡山県津山市 少林寺住職)
                  本日、傾聴に取り組む宗教者の会(KTSK)の活動で平成28年熊本地震の被災地を訪問しました。
                  「こんにちは」の挨拶を届けたい。
                  そんな思いを持って同志4名で活動を始めました。

                  益城町の多くのお宅にブルーシートがかかっていました。
                  道路や川の崩壊、家屋の全壊又は半壊、山の崩壊など、震災の爪痕はまだしっかりと残っていました。

                  線香、仏具(線香立て香炉、リン、花立、仏飯器、蝋燭立て)をお配りしながら、仏様のまつり方や仏事相談、お悩みを聞かせて頂く傾聴活動をいたしました。

                  「うつ病なんだ。話聞いてくれるか?」と言われた方もおられました。

                  被災者から聞いたお悩み
                  ・亡くなった方への思い。寂しさや悲しさ。後悔。
                  ・4月14日の1回目の地震が「余震」とは思わず、傾いた自宅に居り、4月16日の2回目の大きな地震「本震」で家族が亡くなった。その後悔。
                  ・全壊または半壊した住むことの出来ない自宅の解体への不安。
                  ・仮設住宅が2年という期限があり、次の住居の目処が立たない不安。
                  ・仮設住宅への不満。住民同志のトラブル。被災者の声を聞いてくれない。言うところがない。
                  ・とにかく、どうしてよいかわからない。

                  まだ、体育館等で避難所生活を送らている方も沢山おられます。
                  仮設住宅での生活に感謝しながら、様々な不安をお聴きしました。

                  同時に、全国から寄せられた物資への感謝やボランティアへのお礼も言われていました。
                  ある人は、「震災直後に岡山から岡山米を頂いたよ。ありがとう。」と言われていました。

                  仏具のニーズもかなりありました。用意した段ボール5箱分の線香と仏具は、ほぼ無くなりました。

                  益城町を見渡せる場所で、慰霊法要を勤め、仮設住宅を離れました。

                  途中、被災した熊本駅近くに住む大叔父と大叔母に会って震災見舞し、岡山へ向かい無事に帰山しました。
                  合掌



                  | 活動報告 | 16:39 | comments(0) | - | - | - |
                  【報告】2016年9月第1期(第69回/@女川)
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                    【報告】2016年9月第1期(第69回/@女川)

                    ○日時:9月10日(土)
                    ○参加者:高橋紀和、太田宏人(曹洞宗)
                    ○訪問地:女川町民が暮らす仮設住宅
                    [午前] 小乗、小乗向
                    [昼食] 果樹園cafe女川ゆめハウス
                    [午後] 小乗向、横浦北、飯子浜
                    [法要] 小乗漁港防波堤
                    ※御線香その他、この日の活動と参加者をサポートくださいました皆様に心から感謝申し上げます。
                    iPhoneImage.png
                    [所感]高橋紀和
                    KTSK活動(20160910)
                    ■活動に際し心がけたこと
                    ・同じ目線でやりとりすること
                    ・言葉だけでなく存在を聴くこと
                    ・相手方の呼吸を(少し)意識してみること
                    ■仮設住宅から公営住宅、自立再建、県外引越し等、多くの方々は今後の住まいについて考えが固まってきているようだ。既に行動済みの方々も多い。
                    ■とある住民の方の、高台移転についてのお話し
                    ・同じ地区同士の仮設の集まりがそのまま移転するから、人間関係や暮らし自体にはあまり心配は無い

                    ■成程、と同時に感じたこと
                    ・バラバラ地域で集まった仮設住宅の方々は大変かもしれない
                    ・同じ地区同士でも人間関係の孤立はあるかもしれない(というか、有る。今まで見てきた)
                    ■数年前に思った事・・・炊き出しに出る元気すら無い人にも「こんにちは」を届けられたら。
                    ■KTSKの活動の本質はその頃から(或いは最初から)変わっていないのかな、と改めて感じている。(高橋紀和)

                    [所感]太田宏人
                    様々な感情、疑問が去来する一日でした。答えなどないのに、わたくしたちの活動の是非等を考えもしました。どこの仮設でも、公営住宅や自立再建住宅への移転の時期の話をお聴きしました。いまの「仮り住まい」の期間が5年以上になり、隣近所の住民や建物、この暮らしに愛着が湧いていること(≒新しい生活・老境への[若干の?]不安、転居のストレス)などもお聴きしました。

                    そしてまた、すでに他団体ボラが来ない中での我々の訪問への謝意。そして、ありがた迷惑さ。「迷惑」とまではいかなくても、「支援活動」の終わりを感じながら発語する方もいました。

                    そんななか、義理の親の悪口を、笑いながら言いまくる方がいて、悪口を礼賛するわけではないですが、何か、わたしはホッとしながら聴いていました。

                    ☆☆☆
                    次回女川訪問は
                    10月23日(日)。
                    参加希望の方は、ご連絡をお願いします。

                    ○生きるための祈りを支えたい。
                    ○「こんにちは」の挨拶を届けたい。
                    〜KTSK〜

                    | 活動報告 | 16:14 | comments(0) | - | - | - |
                    【報告】2016年8月(第68回)傾聴仏具配付訪問(女川)
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                      【報告】2016年8月(第68回)傾聴仏具配付訪問(女川)
                      ・日時:8月27日(土)
                      ・訪問場所:
                      石巻市赤島地区応急仮設住宅
                      ・合同法要(導師:金沢豊):
                      称法寺ご本堂(石巻市門脇、浄土真宗本願寺派)
                      ・参加者
                      安部智海(浄土真宗本願寺派)、金沢豊(浄土真宗本願寺派)、太田宏人(曹洞宗、法要参加)

                      ●所感

                      【女川町の印象】
                      8月27日の女川町は曇天模様。
                      整備された商店街は、駅からまっすぐに海の方へ伸び、45号線に突き当たる。 道路を挟んで横倒しになった女川交番の存在が薄くなっている。
                      女川町中心部の状況としては、全体的に盛り土が進んでいる状況。
                      震災遺構として残されている防災庁舎も、そのまわりを盛り土され、日月の経過に埋もれようとしているような印象を受けた。
                      これから仮設住宅から公営住宅、復興住宅などへ移転が本格的に進められる時期に差し掛かっている。
                      女川駅は、復興を強調するように整備され賑わいを見せているが、目を転じると土盛り、更地の状況であり、震災の爪痕を露わにしていた。
                      むしろ、その両極端な情景は見るものの気持ちの均衡を突き崩させるようとしているかのようでもあった。
                      私たちは、聖花園へ皆さんからご寄進いただいたお線香を受け取り、雄鹿半島に向かった。

                      【訪問活動】
                      女川原発の方向へ南下した。
                      訪問歴のある仮設住宅を横目に、石巻市域へと車を進めた。
                      人の減った住宅が少々荒れていることは通過するだけでも明らかだ。
                      また、女川町中心部の土地利用計画は進んでいても、各集落、港町の整備は手つかずの状態。
                      津波が来てから、人の手が入ることを拒むように草が生い茂っている。
                      元の住民は、戻ることを諦めたのだろうか。そしてそれは、みな納得の上なのだろうか。
                      答えのないことに思いを馳せながら、女川原発の南側の半島の先、偶然たどり着いた仮設住宅で活動をした。

                      ■石巻市赤島地区応急仮設住宅

                      印象に残ったのは、ある高齢者の話。
                      震災時、大きな地震が起きて避難しようとしたところ、近所の家から車椅子の方を避難させようとした一家5人が目に止まったため、手を貸そうとしたところ、津波が押し寄せたのだそう。
                      考える間も無くみんな流されてしまったのだという。
                      そのなかで、その高齢者は、車椅子の方が目を開けたまま気絶でもしているように仰向けに流されてゆく情景が目に焼きついたそうだ。
                      その高齢者一人が生き残り、車椅子の方の家族は全員亡くなったという。
                      高齢者はずぶ濡れになって避難所に逃げたものの、そのときのことを誰に語っても信じてもらえなかったという。
                      その後も事情聴取を受けるなかで、何度もその話を口にせねばならず、それを話す気力も今では失ってしまったという。
                      誰に話すこともできずに胸のうちに秘められたこのエピソードを知るものは、当時身につけていた衣服だけだという。
                      その衣服は今も大切に保管しているのだそうだ。
                      誰にも言えずにいた当時の出来事と、このお気持ちを、高齢者は衣服と同じように大切にされていたことだろうと思った。

                      【合同法要】
                      合同法要のため、石巻市の門脇地区へ移動した。
                      「濡仏(ぬれぶつ)」跡地で法要を営んでいるKTSKメンバーを発見し、車を脇に停めて共に合掌する。
                      3人が揃い門脇地区を歩いたのは、実に4年ぶり。
                      自然と、5年前に初めて瓦礫撤去のお手伝いをした称法寺に足がむく。
                      お寺はどんな様子で、寺族の方はどうお過ごしなのだろうか。
                      がらんとした境内地を歩き、本堂に立つ。人の気配はなかった。ご本尊も見当たらない。
                      最初から決めていたわけではないが、ここで法要することになった。
                      持参した本尊をご安置し線香の香りで荘厳をした。
                      法要を振り返れば、空間に何かが満ちるような感覚を抱いたように思う。
                      そこに自分が居るからこそ感じえたものがある。
                      雄鹿半島の光景も、合同法要の場も、訴えかけてくるものがあった。それを言語化することは難しい。
                      それでも、5年前の称法寺、流入物を撤去するときの「皆で復興させよう!」という雰囲気が何かのピークだったように感じる。
                      こんな皮肉なことがあるだろうか。
                      そんなやるせない思いが、自分の中に沸き起こり息苦しくなっている。
                      安部智海・金沢豊

                      | 活動報告 | 09:36 | comments(0) | - | - | - |
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